「アメリカ?イズ?バック!」(米国復活!)「コンシューマー?イズ?バック!」(消費者が戻ってきた!)――。
4月に入ってから、景気回復を高らかに宣言するメディア報道が目立つ。12日には、ニューヨーク株式市場で、ダウ工業株30種平均が、2008年9月以来初めて1万1000ドル台を回復。14日に米商務省が発表した3月の小売売上高(季節調整済み)は3632億ドル(約34兆円)と、2月より1.6%増、前年比で7.6%増加した。
貯蓄額は少ないながらも、株価アップで401k(確定拠出年金)の残高が目に見えて回復してきたことに気を良くし、すわ「グレート?リセッション」(大不況)も終わり近しかと、4月半ば、先送りしていた同業者とのビジネスランチを急きょ計画。タイムズスクエアの人気和食フュージョンレストランに予約を入れた。
ここのところタイムズスクエアが活気を増す様子を肌で感じていたものの、店のドアを開けたとたん、竹とゴールドのライトで飾られた華やかな店内にあふれる客の多さに圧倒された。並のスシ?ランチが25ドル近くする、決して安くない店だが、明るいニュースの広がりが、ニューヨーカーの消費者心理を後押ししているのだろう。
レストラン業界にとって、2009年は、まさに冬の時代だった。マンハッタン一の稼ぎ頭(全米第2位)であり、知る人ぞ知る観光名所的高級レストランでもあった、セントラルパーク内の「タバーン?オン?ザ?グリーン」も、昨年、720億ドルの売り上げ減を記録。大晦日を最後に75年の歴史を閉じた。セレブ御用達の超高級店も例外ではなく、オーナーのスターシェフは、売り上げ減を補うために、料理本出版やテレビ出演に奔走していると聞く。そんな外食産業にも、わずかながら「若い芽」が息吹き始めたようだ。
アパレルや家庭用品、家具など、小売売上高も堅調だ。
「ここ2~3年、変化は見られるものの、ニューヨークのファッション業界の活気は健在だ。(06年11月、マンハッタンのソーホー地区に第1号店をオープンした)ユニクロが2号店を出すことになったのも、業界で広がる楽観主義の現れである」
アパレルやスポーツ用品などのオンラインブランド「ワンストッププラス?ドットコム」の編集ディレクター、ナンシー?ルウィンター氏は語る。
こうした強気の声も多いなか、「米経済が回復基調に乗ったのは事実だが、完全復活への道のりは遠い」と話すのは、ウォール街に本拠を置く信用格付け大手スタンダード?アンド?プアーズ(S&P)の首席エコノミスト、デービッド?ウィス氏だ。
「失業率は経済の遅行指標だが、今回はそれが顕著である。とりわけ長期失業が問題だ。全失業者の半数近くが、半年以上求職活動をしている。個人消費データを見るかぎり、メインストリート(実体経済)もさほどひどくはないが、やはり遅行指標である中小企業セクターはふるわない」
徐々に改善に向かっているとはいえ、失業率は依然として「認めがたい高水準にとどまっている」(ガイトナー財務長官)。全米レベルでは今年に入って3カ月連続で9.7%と横ばい。ニューヨーク州の3月の失業率は、前月比で0.2ポイント低下し、8.6%になったが、ニューヨーク市は、2月より0.2ポイント下げたとはいえ、まだ10%の高水準にある。全米の失職者1500万人のうち、27週間以上仕事を探している「長期失業者」は44.1%という記録的な高率だ。
「消費意欲はおおむね回復しているようにみえるが、中小企業の経営者と話すと、状況はほとんど改善していないという。失業率の高止まりに住居差し押さえ、銀行の貸し渋り……。これでは経済が上向くはずもない。ニューヨーク市の景気を肌で感じたかったら、(マンハッタン郊外の)クイーンズやブルックリンの店主と話さなきゃだめだ。相変わらず売り上げは低迷したままだと聞いている」
前出のレストランでランチを共にした『カリビアン?ビジネス?ジャーナル』誌の最高経営責任者(CEO)兼編集長のポール?ラチュ氏は、景気回復論にそう異を唱える。クイーンズにオフィスを構え、中南米系の専門職や中小企業向けの雑誌を発行するラチュ氏は、自身も中小企業経営者の代表だ。今年に入ってからも、同社の広告収入は前年比で3割落ち込んでいる。
「中小企業にとって、金融機関からの借り入れは命綱だ。しかし、貸し渋りが解消されていないことを考えると、『景気回復』は短期的なものだと感じている。中小企業は米経済の生命線だからだ」(ラチュ氏)。
金融機関の貸し渋りが景気回復の足を引っ張ると警鐘を鳴らす向きは多い。ニューヨークのベテラン不動産専門弁護士兼デベロッパーであり、五番街の法律事務所リーム?ベル?アンド?マーメルスタインのパートナーでもあるエドワード?マーメルスタイン氏も、その一人だ。09年、売買件数では08年の半数以下に落ち込み、取引額では前年比で76%以上急落したマンハッタンの商業不動産市場は、底打ち間近といわれる。だが、オフィス空室率は上昇を続け(4月14日発表の米地区連銀経済報告<ベージュブック>)、1年前の9.6%を2ポイントも上回る水準に達している。
「『底打ち』の第1段階は多分に心理的なものだ。その意味では、商業用不動産市場は底を打ちつつある。安定化し始め、前進に向かっているといえよう。だが、問題はその先だ。売買のペースがより正常化し、金融機関がさらなる融資再開に踏み切って初めて、数字上でも底を打ったといえるようになる。信用市場がまひし、(ローンを証券化した)商業用不動産担保証券(CMBS)市場も停滞しているかぎり、真の回復などありえない」
マーメルスタイン氏は、そう力説する。現在、マンハッタンのオフィスビルと店舗についてはほとんど動きが見られず、その数少ない取引の多くは、外資による現金売買だという。
「目下のところ、キャッシュが『キング』であり、外国人の独壇場だ」
バーナンキ米連邦準備理事会(FRB)議長が景気回復の「若い芽」に言及してから、はや1年。ニューヨークにも小さな芽が育ちつつあるのは確かだが、実体経済に目立った変化が出始めるには「あと2年以上かかる」と、ラチュ氏は厳しい見方を崩さない。
ニューヨークの地元経済紙『クレインズ?ニューヨーク?ビジネス』(4月7日付電子版)がユニクロ2号店の進出先と報じた高級ショッピングエリア五番街の大型オフィスビル(ユニクロを運営するファーストリテイリングは19日、同物件の契約締結を発表)は、かつて高級老舗ブランド、ブルックス?ブラザーズが隆盛を誇った一等地だ。そのはす向かいに位置する富裕層向け百貨店、高島屋は、今年6月いっぱいで撤退することが決まっている。
大手金融機関の一部や企業は好調な業績を上げているが、「FRBによるフリーハンドの資金援助や景気刺激対策の賜物であり」(ラチュ氏)、3月の雇用増の大半は、今月実施された国勢調査の臨時要員など、非正規雇用である。
「米経済が苦境から脱したと考える人々は、(ファストフードチェーン)『ポパイ』のフライドチキンをもっと食べるべきだ」
経済コラムニストのアル?ルイス氏は、ダウ?ジョーンズ傘下の投資関連情報サイト『マーケットウォッチ』(4月16日付)で、楽観論にそう警鐘を鳴らす。マンハッタンでは主にハーレムやチャイナタウンに店舗を構えるポパイは、昨年、95軒の新規店をオープン。親会社のフランチャイズ企業、AFCエンタープライズの株価は、この1年間で約2倍にはね上がった。今も各ファーストフードが1ドルメニューで競い合うテレビコマーシャルを見れば、不況が終わっていないことは明らかだと、同社幹部は言う。つまり、ルイス氏は、楽観論は、ポパイの1ドル?チキンを食べる必要がない苦労知らずのたわ言だ、と言っているのである。
ゴールデンウィークを前に、早くも日本人ツーリストがマンハッタンをかっ歩する姿をちらほら目にするが、タイムズスクエアや五番街を駆け足で回る弾丸ツアーでは、本当のニューヨークは見えてこない。
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肥田美佐子 (ひだ?みさこ) フリージャーナリスト
東京生まれ。『ニューズウィーク日本版』の編集などを経て、1997年渡米。ニューヨークの米系広告代理店やケーブルテレビネットワーク?制作会社などにエディター、シニアエディターとして勤務後、フリーに。2007年、国際労働機関国際研修所(ITC-ILO)の報道機関向け研修?コンペ(イタリア?ト リノ)に参加。労働問題の英文報道記事で同機関第1回メディア賞を受賞。2008年6月、ジュネーブでの授賞式、およびILO年次総会に招聘される。 2009年10月、ペンシルベニア大学ウォートン校(経営大学院)のビジネスジャーナリスト向け研修を修了。『AERA』『週刊エコノミスト』、『サンデー毎日』『ニューズウィーク日本版』『週刊ダイヤモンド』『週刊東洋経済』などに寄稿。日本語の著書(ルポ)や英文記事の執筆、経済関連書籍の翻訳も手 がけるかたわら、日米での講演も行う。共訳書に『ワーキング?プア――アメリカの下層社会』『窒息するオフィス――仕事に強迫されるアメリカ人』など。マンハッタン在住。www.misakohida.com/
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引用元:RMTの総合サイト【INFO-RMT】
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